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頼山陽って何者?
本日ウォーキング旅行で訪れたのは、鹿児島県阿久根市牛ノ浜にある頼山陽公園になります。
こちらは頼山陽という江戸時代の思想家です。
彼が阿久根市牛ノ浜の風景に大変感動したことからこの地で長期滞在したため、後年ここに頼山陽公園が作られました。
彼は旅路の旅費を稼ぐため、各地で自作の漢詩や書物を売っては日本各地を漫遊していたとされます。
そんな頼山陽が大変感銘を受けた風景がこちら。
頼山陽公園😁に行って来ました😃鹿児島県阿久根市牛ノ浜の海岸は天下一品だぁ😁#阿久根市 #鹿児島 #頼山陽 #景色 #Sony pic.twitter.com/rcdaCKrppa
— 松太郎 親父が作る男飯 (@dryhard001) April 5, 2021
透き通るような景色と奥に見える山々との塩梅がよき。
頼山陽公園は2ヶ所ある
本日訪れた頼山陽公園は、鹿児島県阿久根市牛ノ浜にある頼山陽公園ですが、実は熊本県苓北町にも頼山陽公園があります。
苓北町はいわゆる夕日が大変素晴らしいとされる天草夕陽サンセットラインに当たります。
「天草夕陽八景」には数えられておりませんが、東シナ海に面したこの地であれば、頼山陽が景色に惚れ込んで長居した、ということは十分考えられそうです。
日本初のベストセラー作家でもある
この頼山陽、実は日本初のベストセラー作家でもあります。
彼が書いた『日本外史』は幕末の尊皇攘夷運動に多大な影響を与えるなど当時の日本で最も読まれた書物とされています。
源平2氏から徳川氏までの武家13氏の盛衰を家別・人物中心に期日しており、全て漢文体で書かれていた。
全22巻12冊にまとめられている。
ただ史書というには不正確な記述も多いため「歴史物語」と酷評されることも多いが、漢字を知らない人にも内容を理解できるように作られていたりと評価する面も大きい。
活版印刷であれば超絶ベストセラーになっていたのかも・・・
頼山陽が記述した「日本外史」がどのような製法だったのかがはっきりとは分からなかったのですが、おそらく木版を使った木版印刷だったのではないかと思います。
これが活版印刷だったとしたら、日本史上類を見ない超絶ベストセラーになっていたかもしれません。
というのも日本に活版印刷が活用され始めたのは、1860年代後期(明治初期)と言われています。
頼山陽の主著「日本外史」が1820年初版なので、活版印刷ではなかったと思うのです。
活版印刷から木版印刷へと時代を逆行していた日本
活版印刷が本格的に日本で普及し始めたのは1860年代後期と記述しましたが、実は1590年に活版印刷機は一度日本に持ち込まれています。
1582年にキリシタンの少年使節団がローマに旅立ち、1590年に帰国した際に持ち込まれたのが「グーテンベルグ印刷機」と呼ばれる活版印刷機でした。
しかし、このときは主にキリシタンの書物を印刷するにとどまり、1614年のキリシタン追放令と合わせて活版印刷機もマカオに送り返されてしまいました。
この活版印刷の普及によって様々なものが一般大衆へと一気に普及するようになったのですから、時代がそうさせたとは言え300年近く日本の印刷技術が後退することになってしまったのは残念ですね。
もし活版印刷で「日本外史」が印刷されていたとしたら現在と変わらないミリオンセラーとなっていたかもしれません。
今回は頼山陽公園から頼山陽、そして活版印刷へと少し話が逸れてしまいました。
そんな江戸時代後期から明治初期の多くの人たちの意識にも影響を与えた頼山陽が感銘を受けた牛ノ浜からの眺め、一度見てみたいですね。
ウォーキング旅行について
ダイエットのために始めたこのウォーキングですが、せっかくやるなら継続できるような企画にしたいということで歩いた分だけ地図上を移動できる「旅行したつもり旅行(以下ウォーキング旅行)」をスタートしました。
目的地はあらかじめ設定するのではなく、その日歩いた距離数の分移動できるスポットを決めるというやり方です。
いわゆる「後出し」で目的地を決定する方法ですが、あらかじめ目的地を設定したときの『あとどれだけ歩かないといけない』といった義務感がないこともうまく継続できている要因かもしれません。
ウォーキングに対してあまり厳しいルールを設けてしまうと途中で挫折する原因になるため、まずは長く続けられるようなルールづくりをしました。
以下、ウォーキング旅行の基本的なルールとなります。
- 出発地点は小倉駅
- 1日に移動できる距離はアプリに記録された距離とする
- 移動した際の目的地(到達地点)の場所を記録する
- 設定した目的地(通過地点でも可)を題材に記事を書く
- 翌日は前日の到達地点からスタートする
- 自分の体調を第一に、1日の移動ノルマは設定しない
- 最終的に九州を1週して小倉駅に戻ったらゴール!
九州1周の距離とゴールまでのおおよその期間
九州1周を1200〜1500kmで算出しています。
ひと月に300km歩いたとして、4〜5ヶ月で1周できる計算です。
雨天時など外出が難しい日もあるかと思いますが、決して無理はせずにウォーキングを継続していきたいと思います。
ウォーキングをはじめた理由
ダイエットのためです。
これまで色々なダイエット法を試してきましたが、どれも長続きせずいつも途中でやめていました。
せっかく挑戦するなら今度は自分の性格に合ったダイエット法でやってみようということで、歩くこと自体にあまり抵抗がなかったこともありウォーキングダイエットをすることに決めました。
有酸素運動の中では負荷が少ない部類なので劇的な減量は見込めませんが、継続するということも考えると長期的に結果が出る方が自分に合っている気がしています。
77日目の移動ルートについて
佐潟の洞窟から頼山陽公園へとつづく本日の移動ルートはこのような感じになります。
海岸沿いを歩くコースとなり、高低差はほとんどありません。
距離的にも短いので1時間もかからずに目的地へ到達することができます。
本日の運動結果について
本日はほぼ1日中運転で終わってしまったため満足に歩くことができませんでした。
また当日分の記録をスクショするのを忘れてしまいました。
寒くなってきたとはいえ、『歩きたくても歩けない』というのはやはりストレスがかかりますね。
明日もほぼ1日運転の予定なので満足に歩くことができるか分かりませんが、無理はしないでできることをしっかりと行っていきたいと思います。
77日目 まとめ
本日は頼山陽という人物から印刷機の話へと脱線してしまいました。
天草地方を訪れたときに学んだ印刷機がここにきてつながってくるとは思いませんでしたが、歴史を学ぶと意外なところでつながりがあるので面白いですね。
学生時代にもっと勉強しておけばよかったなぁと思ったりします。
今日明日は満足にウォーキングができないとは思いますが、気持ちだけはくさることがないよう体調管理に気をつけて明日も頑張りたいと思います。
Solo-Yase 
