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自然が作り出した砂洲・曲崎の景観に思わずうっとりしてしまう

まずこちらの写真を見ていただきたいのですが、こちらは富岡城跡眼下に迫る富岡港を上空から撮影した写真となります。
独特の形状をした陸地が目に飛び込んできます。
真っ青な海とこの不思議な形状の陸地のバランス具合が素敵で思わずこの眺めに引き込まれそうですね。
独特の形状をした富岡城周辺の成り立ち
ここは、熊本県嶺北町富岡の富岡港になります。
左奥の丘陵のてっぺんには、島原・天草一揆の激戦を耐え抜いた富岡城跡が残っています。
富岡城跡(苓北町)
— 春小麦 (@harukomugi1) August 29, 2021
この旅のメインディッシュでした。
いや 城跡ではなく、ここから見事な砂嘴を拝みたかったのです。
この城が建つ部分が島で、砂州により繋がった場所に苓北町の市街地がある。
#202108肥後天草 #kntr pic.twitter.com/tSUJsQiHLS
ここは富岡城を見にくる方と独特の形状をした砂洲を見にくる方、両方が楽しめる観光地になっているようですね。
私もお城好きの端くれとしては一度は訪れてみたい城の一つと言えます。
富岡城は天草下島の北西、砂州で繋がった陸繋島の富岡半島にある梯郭式の平山城である。袋池や砂嘴に囲まれた巴湾などの特殊な地形により極めて攻撃し難い天然の要害を形成していた。砂州と砂嘴がセットで楽しめる点がシコれるポイント。(熊本県) pic.twitter.com/mQqZ1EyEmq
— シコれる地形bot (@landform_bot) January 14, 2015
あとで少し深掘りいたしますが、富岡城が島原・天草一揆の猛攻に耐え抜いたのはこの独特の形状をした自然要塞だったからと言われています。
ちょうど場所の名前が入っているTweetをしてくださった方がいるので、この画像を用いてこの形状について深掘りしていきたいと思います。
砂嘴(さし)と砂洲(さす)について
現在、富岡半島は陸地がつながっていますが、元々は離島でした。
それが、潮の流れで運ばれてきた流砂が少しずつ堆積していくことで出来上がるのが砂嘴(さし)となります。
富岡湾を取り囲むように堆積物が出来上がっているのが分かるかと思います。
鳥のくちばしのような形状となることから、「すなのくちばし」=『砂嘴』と呼ばれています。
一方、この砂嘴が対岸まで伸びていき陸続きになると、砂洲(さす)というように名前が変化します。
このように富岡半島は潮の流れによって運ばれてきた流砂の堆積物によって陸地つながりとなった、まさに自然が作り出したというわけです。
- 砂嘴:潮の流れで運ばれた砂が堆積してできたくちばしのような形状
- 砂洲:砂嘴がそのまま陸地までつながった状態
砂嘴と砂洲を簡単にあらわすとこんな感じとなります。
島原・天草一揆の猛攻に耐えることができた理由
富岡半島の独特な形状の成り立ちについて理解していただけたところで、島原・天草一揆の猛攻に耐えることができた理由についても触れてみたいと思います。
結論から言うと、城攻めするための進路がひとつしかなかったから、といった理由になります。
もう一度先ほどの画像を見てみましょう。
富岡城は天草下島の北西、砂州で繋がった陸繋島の富岡半島にある梯郭式の平山城である。袋池や砂嘴に囲まれた巴湾などの特殊な地形により極めて攻撃し難い天然の要害を形成していた。砂州と砂嘴がセットで楽しめる点がシコれるポイント。(熊本県) pic.twitter.com/mQqZ1EyEmq
— シコれる地形bot (@landform_bot) January 14, 2015
- 巴湾を取り囲むようにして形成された砂嘴が、海からの攻撃を差し止める役割を果たした
- 冨岡城眼下の袋池が城堀の役目を果たした
- 富岡城は丘陵地に建てられており裏側は海だった
- 以上のことから進撃地点は砂洲からしかなかった
これが、富岡城が自然の要塞と呼ばれ、島原・天草一揆の猛攻に耐え抜いた理由となります。
現在は、そんな激戦を繰り広げたことを全く感じさせない素敵な景色が広がっています。
ここは一度現地を訪れて自然が作り出した砂嘴と砂洲を目にしてみたいですね。
ウォーキング旅行について
当ブログでは現在、旅行したつもり旅行(以下、ウォーキング旅行)を行なっています。
ダイエットのために始めたウォーキングですが、せっかくやるなら継続できるような企画にしたいということで歩いた分だけ地図上を移動できる「ウォーキング旅行」をスタートしました。
目的地はあらかじめ設定するのではなく、その日歩いた距離数の分移動できるスポットを決めるというやり方です。
いわゆる「後出し」で目的地を決定する方法ですが、あらかじめ目的地を設定したときの『あとどれだけ歩かないといけない』といった義務感がないこともうまく継続できている要因かもしれません。
ウォーキングに対してあまり厳しいルールを設けてしまうと途中で挫折する原因になるため、まずは長く続けられるようなルールづくりをしました。
以下、ウォーキング旅行の基本的なルールとなります。
- 出発地点は小倉駅
- 1日に移動できる距離はアプリに記録された距離とする
- 移動した際の目的地(到達地点)の場所を記録する
- 設定した目的地(通過地点でも可)を題材に記事を書く
- 翌日は前日の到達地点からスタートする
- 自分の体調を第一に、1日の移動ノルマは設定しない
- 最終的に九州を1週して小倉駅に戻ったらゴール!
九州1周の距離とゴールまでのおおよその期間
九州1周を1200〜1500kmで算出しています。
ひと月に300km歩いたとして、4〜5ヶ月で1周できる計算です。
雨天時など外出が難しい日もあるかと思いますが、決して無理はせずにウォーキングを継続していきたいと思います。
ウォーキングをはじめた理由
ダイエットのためです。
これまで色々なダイエット法を試してきましたが、どれも長続きせずいつも途中でやめていました。
せっかく挑戦するなら今度は自分の性格に合ったダイエット法でやってみようということで、歩くこと自体にあまり抵抗がなかったこともありウォーキングダイエットをすることに決めました。
有酸素運動の中では負荷が少ない部類なので劇的な減量は見込めませんが、継続するということも考えると長期的に結果が出る方が自分に合っている気がしています。
それでは、65日目の結果を見ていきましょう。
本日のウォーキング旅行、移動ルートについて
昨日訪問したおっぱい岩からのルートはこのようになっています。
本日の到達地点である富岡城跡まではほぼ海岸沿いを歩くため、高低差はほとんどありません。
砂洲を通り抜けて富岡半島に到達後は丘陵を登るため、およそ60mの斜面がありますがゴールは目前なので頑張りましょう。
ゴール地点から眺める絶景を見るためなら、これくらいの坂道なんてきっと登れるはずです。
本日の運動結果

早朝は少しばかり寒かったものの昼間はだいぶ暖かくなり、昼食後のウォーキングにはもってこいの天気となりました。
昼休みを目一杯使って汗がじんわりと浮き出たまま会社に戻ると「こんなに寒いのになんで汗びっしょりなん?」と言われてしまいました。
夜になると、昼間の暖かさがどこにいったのかめちゃんこ寒くなったので下着を4枚重ね着してウォーキングに出かけました。
体が温まるといつも以上に汗が出たような気がするのですが、下着が汗を全て吸ってしまい歩き終えることには動きづらさと体の重みからかなりえらい思いをすることになりました。
夜のウォーキングの際も、適度な服装で出かけるのが吉です。
65日目 まとめ
本日は島原・天草一揆の激戦を耐え抜いた富岡城からの眺めを楽しむことができました。
最近は1日1日確実に寒くなってきています。
くれぐれも風邪をひいたり体調を崩したりすることがないように、体調管理をしっかりと行なってウォーキングに励んでいきたいと思います。
Solo-Yase 
