目次
精矛神社について
本日訪れたのは鹿児島県姶良市加治木町にある精矛神社です。
こちらの神社は建立だけみるとまだ100余年とまだ比較的新しい神社になります。
御祭神は島津義弘公となっており、没年1619年には加治木本誓寺にて祀られていましたが明治時代の寺院廃止令を受けて廃寺となりましたが直ぐに社殿を立て直しを行い、精矛神社となりました。
大正七年に没後三百年となったのを受けて現在の場所へ寺院が建て替えとなりました。
本日は島津義弘公のご命日です。
— 照國神社 /Terukunijinja (@TerukuniShrine) July 21, 2021
義弘公をお祀りする精矛神社様の御例祭に参列致しました。
#精矛神社
#島津義弘 公 pic.twitter.com/Ehwuf3ijHm
建物の作りが比較的新しく見えるのはそのためです。
読み方は”くわしぼこじんじゃ”と読む
こちら精矛神社ですが、読み方は表題の通り「くわしぼこじんじゃ」と読みます。
祝詞では”せいぼ”と読みます。
神社の名称では比較的読みにくい(一見読めそうだけど読めない)部類に入るかもしれませんね。
文禄の役の戦利品が残っている

文禄元年(1592年)から慶長三年(1598年)にかけて豊臣秀吉は朝鮮半島征服に向けて侵略しました。
その際に持ち帰ったとされる手洗い鉢などが現在も境内に残されています。
御祭神は「鬼島津」の異名を持つ島津義弘公
御祭神の島津義弘公は、島津家第17代当主であり武士として一流の教養を備えていただけではなく生涯で50回以上も戦地に赴くなど家臣からも絶大な信頼を勝ち得ていたとされる傑出した武将としても知られ、「鬼島津」の異名を持っています。
忠魂義担の精神を貫いた島津義弘公は多くの家臣・領民に愛されていた
忠魂義担とは、忠義一筋で正義を重んじる心であり、この精神のもと家臣や領民に接していたため、家臣や領民からも同様に愛されており、数々の逸話が残されている
島津義弘公にまつわる数々の逸話についていくつかご紹介します。
- 20万の大軍を7千の兵で撃破:文禄・慶長の役の引き上げ時に少数撃破した
- 食糧は家臣が優先:家臣を最も大事にしたことで主君への忠誠心がより硬くなった
- 出兵中は家臣と起臥を共にした:主従関係ではなく家臣と共に過ごすことで結束を強めた
- 関ヶ原の戦い参戦のための志願者が絶えなかった:九州の最南端から関ヶ原まで共に戦いたいという志願兵が後を断たなかった
私自身戦国武将についてはあまり詳しくありませんが、島津義弘公のように自分のことだけを考えるのではなく家臣領民のことを第一に考える君主というのが本当にいたのだということに驚きました。
好きな武将ランキング
戦国武将をとりあげているいくつかのサイトで集計されている戦国武将ランキングでは、上位にランクインすることはないもののどのランキングでも名前が挙がっており、投票した方の多くが島津義弘公の人柄にも触れられています。
上司にしたいランキングがあるとすれば選びたい
もし戦国武将の中で誰が上司だったら良いか、そんなランキングがあったとしたら私は間違いなく島津義弘公を選ぶと思います。
今回色々調べてみるまでしょうじき上っ面の知識しかありませんでしたが、調べていくほど部下の面倒をしっかりと見る、現代社会に最も必要とされる素養がありふれている人じゃないかなぁと思います。
島津公の精神は鹿児島市へと引き継がれている
島津家の家紋は丸印に十字ですが、鹿児島市のマークは島津家をリスペクトしたマークになっています。
鹿児島地方を治めた島津公のように領民を愛する心は今も引き継がれているということだと思います。
精矛神社を訪れてよかったと思えた
九州地方を色々巡る中で鹿児島県に入るとたびたび名前が上がっていた「島津家」でした。
今回この精矛神社を訪れたことでしっかりと島津義弘公について学び、彼の功績を知れたことは自分にとっても良い経験になったと思います。
ウォーキング旅行について
ダイエットのために始めたこのウォーキングですが、せっかくやるなら継続できるような企画にしたいということで歩いた分だけ地図上を移動できる「旅行したつもり旅行(以下ウォーキング旅行)」をスタートしました。
目的地はあらかじめ設定するのではなく、その日歩いた距離数の分移動できるスポットを決めるというやり方です。
いわゆる「後出し」で目的地を決定する方法ですが、あらかじめ目的地を設定したときの『あとどれだけ歩かないといけない』といった義務感がないこともうまく継続できている要因かもしれません。
ウォーキングに対してあまり厳しいルールを設けてしまうと途中で挫折する原因になるため、まずは長く続けられるようなルールづくりをしました。
以下、ウォーキング旅行の基本的なルールとなります。
- 出発地点は小倉駅
- 1日に移動できる距離はアプリに記録された距離とする
- 移動した際の目的地(到達地点)の場所を記録する
- 設定した目的地(通過地点でも可)を題材に記事を書く
- 翌日は前日の到達地点からスタートする
- 自分の体調を第一に、1日の移動ノルマは設定しない
- 最終的に九州を1週して小倉駅に戻ったらゴール!
九州1周の距離とゴールまでのおおよその期間
九州1周を1200〜1500kmで算出しています。
ひと月に300km歩いたとして、4〜5ヶ月で1周できる計算です。
雨天時など外出が難しい日もあるかと思いますが、決して無理はせずにウォーキングを継続していきたいと思います。
ウォーキングをはじめた理由
ダイエットのためです。
これまで色々なダイエット法を試してきましたが、どれも長続きせずいつも途中でやめていました。
せっかく挑戦するなら今度は自分の性格に合ったダイエット法でやってみようということで、歩くこと自体にあまり抵抗がなかったこともありウォーキングダイエットをすることに決めました。
有酸素運動の中では負荷が少ない部類なので劇的な減量は見込めませんが、継続するということも考えると長期的に結果が出る方が自分に合っている気がしています。
87日目の移動ルートについて
本日は姶良市の蒲生八幡神社を出発して、同じく姶良市加治木にある精矛神社へと向かうルートになります。
高低差はほとんどなく高低差は約20mでゆるやかな下り坂となっています。
いつもより少し距離はあるものの上り坂がほぼない道になるため、長い距離だとあまり感じずに歩くことができるのではないでしょうか。
本日の運動結果

こちらの運動結果を見てもわかるように本日は1日を通して満足のいくウォーキングができた1日となりました。
朝・昼・夕と比較的バランスよく歩くことができたこともあり久しぶりに楽しみながらウォーキングをすることができました。
87日目 まとめ
年明けからわりと満足のいくウォーキングができています。
本日のようにしある程度しっかりと歩く時間を確保できるときに歩いておかないといけませんね。
この時期は冷たい風も吹き、なかなか外に出るのが億劫になりがちですがウォーキングができなくて悶々とするほうが精神的にはよくない気がしますので、これからもしっかりと歩く癖をつけていきたいと思います。
Solo-Yase 
