目次
ルネサンスの三大発明
ルネサンスとは、主に西ヨーロッパで発展した文化や芸術の運動をあらわし、主に14世紀から16世紀と言われています。
この時代に西ヨーロッパで発明された主な三つをルネサンスの三大発明と呼ばれています。
- 火薬
- 羅針盤
- 活版印刷
しかし実際には中国では既にこれらは発明されていたため、「三大改良」という言い方が正しいかもしれません。
火薬(中国:元の時代)
元寇・文永の役(1274年)で鉄砲(てつはう)や石弓(投石器)が使われていた。
西ヨーロッパではこの火薬を改良して「火砲」として武器利用しています。
この発展によって、騎馬隊の価値を下げる大きな役目を果たしました。
羅針盤(中国:宋の時代)
中国では磁石を水に浮かべて使う湿式羅針盤がありました。
もともと船は沿岸航路を中心として利用されていましたが、羅針盤を改良することで海上でも自船の方角を知ることができるようになったことで、西ヨーロッパを中心として大航海時代の幕開けとなりました。
活版印刷(グーテンベルク印刷機)(中国:宋の時代)
これまで西ヨーロッパでは主に聖書を作るためには人が手書きで写すのが主流でした。
手書きで本を作るためコストが非常に高く量産もできませんでした。
活版印刷によって低コストになり、かつ量産が可能になったことで一般庶民へ爆発的に広まることになります。
これによってヨーロッパでの宗教改革において大きな役目を果たしました。
このルネサンスの三大発明のうちグーテンベルク印刷機は、日本人で初めてヨーロッパを旅行することとなった4人の少年使節団が1590年に日本へ持ち帰りました。

活版印刷が日本で広まることがなかった理由
西ヨーロッパで書物作成の大きな役割を果たした活版印刷ですが、日本では広がることがありませんでした。
時代が発展を妨げたといえます。
年代別に見てみるとこのような感じになります。
天草の四人の少年が日本人としてはじめて西ヨーロッパを訪問しました。
豊臣秀吉によって禁教令が発令されました。これにより国内のキリシタンたちは国外追放へ。
四人の少年使節団が日本に帰国。
この際にグーテンベルク印刷機を日本に持ち帰りました。
長崎に持ち帰ったグーテンベルク印刷機は、翌年天草コレジヨへと移動しました。
当時ヨーロッパで出版されていた書籍が300〜500部と言われていた中で、天草コレジヨでは1500部以上が印刷したとされています。
江戸幕府によるキリシタン追放令によって、マカオに追放。この際にグーテンベルク印刷機もマカオに送還されました。
使節団のひとりであった原マルチノもマカオに追放されましたが、マカオでこの印刷機を用いて布教を行いました。
印刷機の行方に焦点を当てているため、秀吉の天下統一など日本の主要項目などは割愛しました。
ここからおよそ20年後の1637年に日本の歴史上最大規模となる島原・天草一揆が起こることとなるのですが、この印刷機が日本に残ったままだったとしたら、もしかしたら歴史が変わっていたかもしれませんね。
印刷機によって情報の優位性が確立された
印刷機の行く末から印刷機自体へと話を移動します。
印刷機が発達するまでは、情報というのは伝聞や手書きによる情報が主体でした。
そのため情報が人を伝っていくことでその内容が少しずつ変わっていくことも珍しくありませんでした。
印刷機の発明によって多くの情報を世に送り出し多くの人の目に触れさせることができるようになったことで、その情報が「誰が・いつ・何を伝えたのか」ということに焦点が当てられるようになりました。
多くの人が目にすることができるようになったことで、情報の優位性が確立されるようになっていきました。
「誰が・いつ・何を伝えたのか」ということに焦点が当たることで、著作権が生まれるなど人々の生活にも大きく関わるようになっていくわけです。
現在私たちが生活している中でもSNSで多くの情報を目にする機会があります。
今を生きる私たちにとって重要なのは、「情報の正確さ」かもしれませんね。
本日は、天草コレジヨ館に展示されている、グーテンベルク印刷機に焦点を当てて記事を書きました。
ウォーキング旅行について
ダイエットのために始めたこのウォーキングですが、せっかくやるなら継続できるような企画にしたいということで歩いた分だけ地図上を移動できる「旅行したつもり旅行(以下ウォーキング旅行)」をスタートしました。
目的地はあらかじめ設定するのではなく、その日歩いた距離数の分移動できるスポットを決めるというやり方です。
いわゆる「後出し」で目的地を決定する方法ですが、あらかじめ目的地を設定したときの『あとどれだけ歩かないといけない』といった義務感がないこともうまく継続できている要因かもしれません。
ウォーキングに対してあまり厳しいルールを設けてしまうと途中で挫折する原因になるため、まずは長く続けられるようなルールづくりをしました。
以下、ウォーキング旅行の基本的なルールとなります。
- 出発地点は小倉駅
- 1日に移動できる距離はアプリに記録された距離とする
- 移動した際の目的地(到達地点)の場所を記録する
- 設定した目的地(通過地点でも可)を題材に記事を書く
- 翌日は前日の到達地点からスタートする
- 自分の体調を第一に、1日の移動ノルマは設定しない
- 最終的に九州を1週して小倉駅に戻ったらゴール!
九州1周の距離とゴールまでのおおよその期間
九州1周を1200〜1500kmで算出しています。
ひと月に300km歩いたとして、4〜5ヶ月で1周できる計算です。
雨天時など外出が難しい日もあるかと思いますが、決して無理はせずにウォーキングを継続していきたいと思います。
ウォーキングをはじめた理由
ダイエットのためです。
これまで色々なダイエット法を試してきましたが、どれも長続きせずいつも途中でやめていました。
せっかく挑戦するなら今度は自分の性格に合ったダイエット法でやってみようということで、歩くこと自体にあまり抵抗がなかったこともありウォーキングダイエットをすることに決めました。
有酸素運動の中では負荷が少ない部類なので劇的な減量は見込めませんが、継続するということも考えると長期的に結果が出る方が自分に合っている気がしています。
71日目 ウォーキング旅行の移動ルート
出発地点のカトリック崎津教会から到達地点である天草コレジヨ館までは海岸沿いを歩くコースとなっており、高低差はほぼゼロなためウォーキングするにはちょうど良いコースになるかと思います。
市街ともほとんど通らないため、自動車などの交通量もあまりないと思われます。
本日の運動結果

仕事の都合でほぼ1日中運転で終わってしまいました。
そのため満足に歩くことができたのは早朝のみ。
昼休憩で多少あるくことはできたもののあとはほぼ運転席だったため、途中ものすごく歩きたい衝動に駆られました。
帰宅が21時ごろだったため、夜間のウォーキングは諦めることとなりました。
ウォーキングができないってこんなにウズウズするんだなぁと改めて感じた1日となりました。
71日目 まとめ
年末で仕事量が戻りつつあることで車に乗る時間が増えました。
仕事がなくて暇なのは精神的にキツいです。
忙しすぎて休む暇がないのもどうかと思いますが、ちょうどいい塩梅というのがあまりない仕事なので仕方がないのかもしれませんね。
仕事に支障が出ないようにしつつウォーキングも継続していきたいと思っていますので、遅く帰宅した場合には我慢する機会も増えるかもしれませんね。
本日は世界の歴史を変えることになったグーテンベルク印刷機に焦点を当ててみました。
明日も素敵な景色などを見ることができるよう、ウォーキングを頑張っていきたいと思います。
Solo-Yase 
